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福岡地方裁判所柳川支部 昭和54年(ワ)61号 判決

原告

早木義郎

ほか一名

被告

桑原セツ子

主文

1  被告は原告早木義郎に対し金二〇三万一六三八円、原告早木邦子に対し金一一八万一八二二円および右各金員に対する昭和五三年一月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告両名の、各負担とする。

4  この判決は仮に執行することができる。

事実

一  請求の趣旨

1  被告は、原告早木義郎に対し金四一四万二四四二円、原告早木邦子に対し金一六八万五〇六〇円および右各金員に対する昭和五三年一月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  請求原因

(一)  事故の発生および態様

原告早木義郎(以下単に義郎という)は、長女由美子を抱いた妻原告早木邦子(以下単に邦子という)を助手席に同乗させて、普通乗用自動車(以下原告車という)を運転し、昭和五三年一月二一日午前九時五五分ころ山門郡大和町方面から瀬高町方面へ向けて南進中、山門郡瀬高町大字泰仙寺二六二番地の六先の三叉路に差しかかつた際、対行してくる被告運転の普通乗用自動車(以下被告車という)を発見したので先行車が停車したのに続いて約五メートルの間隔をおいて停車したところ、被告は現場が幅員四メートルの狭い道路であるのに自車を減速することなく時速四〇キロメートルを超える速度で進行させ、自車の右前部を原告車右前部に衝突させた。

(二)  責任

本件事故は、原告車が停車しているところに被告車が衝突したものであり、被告の一方的な過失に起因する。

(三)  受傷の程度

(イ)  原告義郎は右事故により頸部挫傷、腰背部打撲傷の傷害を受け、昭和五三年一月三〇日から同年四月三日まで瀬高町所在の樋口外科医院に入院し、翌四月四日から一〇月三一日まで毎日通院して治療を受けた。

(ロ)  原告邦子は同様頸部挫傷、頭部打撲症の傷害を受け、同年一月二四日から四月三日まで入院し、翌四月四日から一〇月三一日まで毎日通院して治療を受けた。

(ハ)  原告らはいずれも昭和五三年一〇月三一日症状固定の診断を受けたが、頸部挫傷による頭痛、頸部痛等の症状は継続し、今日に至るまでなお通院中である。そのため原告両名は後遺症一四級の認定を受けた。

(四)  損害

(イ)  早木義郎の損害

1 治療費 金六一万二二六〇円

昭和五三年六月一六日から同年一〇月三一日まで通院実日数一三八日の治療費。

2 休業損害 金三二七万三六九〇円

原告義郎は呉服販売の行商を業としており、昭和五二年には年間四三六万四九二〇円の所得を得ていたが、本件事故のため約九ケ月間稼働できなかつた。

4,364,920×9/12ケ月=3,273,690円

3 後遺症による逸失利益 金四三万六四九二円

右原告は後遺症のためその行商も思うにまかせず多大の損害を受けたが、自賠責保険による一四級の認定を受けているので、労働能力喪失率は五%、継続期間は二年と考えられる。

4,364,920円×5/100×2=436,492円

4 慰藉料 金一一七万円

原告義郎は右事故により前記傷害を受け、六四日間入院し、約七ケ月通院せざるを得なかつたものであつて、その慰藉料は金八〇万円が相当であり、また同人は前記のとおり一四級の後遺症の認定を受けていて、その慰藉料は金三七万円が相当である。

(ロ)  早木邦子の損害

1 治療費 金七一万五〇六〇円

昭和五三年六月一六日から同年一〇月三一日まで通院実日数一三六日の治療費。

2 家事手伝いの費用 金二一万円

原告邦子が入院中の昭和五三年一月二四日から同年四月三日まで七〇日間、原告らの子小学生二名、保育園児一名の計三名の世話をするため訴外中島ノシを一日三〇〇〇円の日当で家事手伝いに雇つた。

3 慰藉料 金一一七万円

原告邦子は頸部挫傷、頭部打撲傷のため疼痛に苦しみ家事を思うにまかせず苦しんだが、これに対する精神的損害は金八〇万円を下らず、また同人は昭和五三年八月三一日症状固定の診断を受けたが現在までなお頸部から両肩甲部にかけての疼痛が持続して後遺症一四級の認定を受けており、これに基づく慰藉料として金三七万円が相当である。

(五)  損益相殺

(イ)  原告義郎は被告から本件請求の填補分として昭和五三年二月二三日に三〇万円、四月四日に一五万円、五月二六日に三五万円、七月一〇日に三五万円、計一一五万円の支払を得た。

(ロ)  右の外原告らはそれぞれ後遺症一四級の認定を受けたので、既に各金五六万円の支払を得た。

(ハ)  右の結果原告義郎の請求権は金三七八万二四四二円、原告邦子の請求権は金一五三万五〇六〇円となる。

(六)  弁護士費用

被告は右のように原告らに対して不法行為による損害賠償義務を負担しているのに拘らず、任意に弁済しようとしないため、原告らはやむを得ず原告訴訟代理人に委任して本件訴訟を提起した。従つて被告は原告らの請求金額の約一割に相当する金員として、原告義郎に対し金三六万円を、原告邦子に対して金一五万円を弁護士費用として負担すべきである。

(七)  よって原告義郎は被告に対し、金四一四万二四四二円とこれに対する不法行為の翌日である昭和五三年一月二二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を、また原告邦子は金一六八万五〇六〇円とこれに対する右同様の遅延損害金の支払を求める。

四  請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)の事実のうち原告ら主張の日時、場所において本件事故が発生したことは認め、具体的態様については争う。

(二)  同(二)の事実は争う。

(三)  同(三)の事実のうち、原告らがその主張のような治療を受けたことは知らない、かつ右のような治療は本来不必要なものであり本件交通事故と相当因果関係にあることを争う。その理由は次のとおり。

(イ)  警察からの送致書(甲第一一号証)によると、原告車は本件事故によつて右前部フエンダーが凹損しただけであり、このような軽微な事故によつて原告らが入院約二ケ月、通院約七ケ月を要する重傷を負つたとは到底考えられない。

(ロ)  原告らは他覚的所見が全くみられないのに単に愁訴のみで樋口外科医院に入院し、昭和五三年四月三日に同医院を退院、その後同年一〇月末日まで約七ケ月もの間殆んど毎日通院し、しかも原告早木義郎は二〇回、同早木邦子は二二回にわたり休日診療を受けているが、入院・通院中とも内服・静脈注射・湿布等の治療をくりかえし受けているにすぎない。

(ハ)  また原告両名は約七ケ月間の通院期間中、樋口外科医院にて治療を受けた後に連日その足でパチンコ店に立寄り、数時間ある時には五、六時間もの長い間パチンコをして夕方帰宅するという毎日を送つている。医師の診断書(甲第二号証及び同第三号証)によると原告らの症状は腰部および頸部の疼痛・頭痛・頭重感等の愁訴のみであるが、これらの症状を訴える者が体力・神経を消耗するパチンコを連日のようにできる筈はなく、この一事実をもつてしても原告らには通院して治療を受ける必要性はなかつたことが明白である。

(四)  同(四)の事実は知らない。

(五)  同(五)の事実のうち(イ)は認める、(ロ)は知らない。

(六)  同(六)の事実は否認する。

五  抗弁

(一)  原告義郎は昭和五三年四月四日に保険金より本件請求の填補分として原告主張の一五万円の他に三〇万円を受領している。

(二)  原告義郎は被告より本件請求の填補分として合計金二九万三八三八円を受領している。

六  抗弁に対する答弁

(一)  抗弁(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実のうち原告義郎が被告主張の金額を受領したことは認めるが、その内本件請求の填補分は一五万一三六八円のみであり、残額一四万二四七〇円は本件請求外の損害に対する填補分である。右一四万二四七〇円の内訳は次のとおり。

(イ)  原告らの長女由美子は交通事故当時原告邦子に抱かれて原告車に同乗していて本件事故により頭部打撲傷を受けたが、昭和五三年二月二二日頃手足のしびれを訴えるようになり握力も極度に低下したため、瀬高町上坂田所在の安西病院で診察を受け、同病院の紹介により久留米大学附属病院で精密検査を受けた。これら診察等のため原告義郎は次のような支出を要した。

1 原告住所より安西病院までのタクシー代金一七〇〇円

2 右安西病院から久留米大学までのタクシー代金五〇〇〇円

3 由美子の久留米大学での診察料金一万円

4 右由美子の検査のため二月二二日以降五月一一日まで通院したタクシー代金三万二四〇〇円

5 右タクシーを待たせた間の駐車料金三〇〇円

(ロ)  本件事故により原告らは警察署より診断書の提出を求められ、樋口外科医院作成の原告らおよび由美子の診断書を提出するため診断書作成料として金六〇〇〇円を要した。

(ハ)  原告らは樋口外科医院に入院したが、同医院には入浴のための施設がなく、同医院の医師の許可を得て入院期間中自宅に入浴のために帰宅したのでそのためのタクシー代として金六六七〇円の支出を要した。

(ニ)  原告義郎は六四日間、原告邦子は七〇日間入院しており、その間の入院雑費として、一日金六〇〇円合計金八万〇四〇〇円の支出を要した。

七  証拠〔略〕

理由

一  事故の発生および態様

請求原因(一)の事実のうち、原告ら主張の日時、場所において本件事故が発生したことは当事者間に争いがなく、具体的態様のうち原告車が停止していたという点と被告車の速度が時速四〇キロメートルを超えていたという点を除く部分については成立に争いない甲第一〇号証、第一三号証、第一七号証により認められ、これに反する証拠はない。原告車については原告義郎は停止していた旨供述し、被告は前記甲第一七号証および本人尋問において原告車は停止してはいなかつたものの除行はしていた旨供述しており、少くとも徐行していたことは認められる。また被告車の速度について時速四〇キロメートル以上であつたとする原告義郎本人の供述は必ずしも信用できず、前記甲第一七号証および被告本人の供述によれば時速二五キロメートル程度と認められる。

二  被告の責任

前記一の事実よりすれば本件事故は被告の過失によつて生じたものと認められ、被告は原告らの蒙つた損害について相当因果関係の範囲内で賠償する責任を負う。

三  受傷の程度および後遺症

請求原因(三)のとおり原告らが樋口外科医院において入通院の治療を受け、後遺症一四級相当の後遺症を有することはいずれも成立に争いない甲第二号証ないし第五号証、乙第七号証の一ないし三、乙第八号証の一ないし三および証人樋口隆三、原告両名本人の各供述によつて認められ、これに反する証拠はない。

ところで被告は右治療について本件事故との相当因果関係を争うので(請求原因に対する答弁(三))検討するに、(1)本件事故の衝突による原告車の直接損傷は右前部フエンダー凹損(小破)という程度であることは成立に争いない甲第一一号証によつて認められるか、いわば間接的な損傷として前面ガラスが破損して穴があいており、これは助手席に坐つていた原告邦子が頭を打ちつけた結果であることは前記甲第一三号証、第一五号証、成立に争いない甲第一八号証および原告邦子本人の供述により認められ、これに反する証拠はない。従つて原告らの身体に及ぼした影響が軽微なものであつたとまでは必ずしも評価できない。(2)次に、原告らに他覚的所見がみられず愁訴程度であつたこと、および治療内容も内服、静脈注射、湿布等を続ける程度であつたことは前記甲第四号証、甲第五号証、乙第七号証の一ないし三、乙第八号証の一ないし三および証人樋口隆三の供述により認められるが、このことから直ちに不必要な治療であつたとまでは言い難い。(3)原告両名が通院期間中の昭和五三年七月ころしばしば一日に数時間もパチンコ(座席式)をしていたことは証人田村邦広、同大中亮の各供述およびこれらにより成立を認める乙第四号証、乙第五号証の一、二によつて認められる。パチンコと原告らの訴える症状との関係について証人樋口隆三は三〇分ないし一時間程度なら悪影響はない旨供述しているが、原告らの場合は前記認定のように一日数時間にも及んでいること、また前記甲第二号証、第三号証によれば原告両名の症状は退院後七月中旬ころより悪化し八月に漸次軽快しその後一進一退したことが認められることよりすれば、原告両名の治療が一〇月まで及んだのは七月ころの長時間のパチンコが原因とみられるのであり、これがなければ症状は軽快して七月末には固定していたものと認むべく、これを覆えすに足る証拠はない。

従つて本件事故と相当因果関係にある治療は七月末日までと認めるのが相当であり、被告の賠償すべき損害もこの範囲にとどまるべきものと解される。

四  原告らの損害

(イ)  義郎の損害

1  治療費

原告義郎が昭和五三年六月一六日から同年一〇月三一日まで一三八日間の治療費として合計六一万二二六〇円を要したことは前記甲第四号証により認められるところ、前記三に検討したように七月末日までの分のみ相当因果関係の範囲内と認められるので、日割計算をすれば二〇万四〇五六円となる。

2  休業損害

原告義郎が本件事故当時呉服販売の行商をして昭和五二年度の事業所得が二八六万四九二〇円であり、かつ経費中に訴外小池啓子からの借入金に対する利子割引料一五〇万円の支払を含んでいたことは成立に争いない甲第六号証、原告義郎本人の供述およびこれにより成立を認める甲第一九号証によつて認められる。右甲第一九号証は所得申告の控であつて所定事項の記載もれが少なからず見受けられるが、このことをもつて右認定を左右できず、その他右認定を覆えすに足る証拠はない。

従つて本件事故がなければ原告義郎は昭和五三年中においても前記二八六万四九二〇円と一五〇万円との合計四三六万四九二〇円の収入をあげ得たものと推認される。

そして同原告は昭和五三年末までの少くとも六ケ月間右営業による収入を得ることができなかつたことは同原告本人の供述により認められ、その金額は二一八万二四五八円となる。

3  後遺症による逸失利益

原告義郎の後遺症および収入程度については既に認定のとおりであり、症状固定すべかりし時期(昭和五三年七月末日)以降二年間にわたり労働能力を五%喪失するものと考えられるので、逸失利益は原告の主張どおり四三万六四九二円と認められる。

4  慰藉料

前記認定の治療期間、後遺症の程度その他諸般の事情を斟酌して、原告義郎が本件事故によつて蒙つた精神的損害を慰藉すべき額として金一一七万円を相当と認める。

5  以上の合計は三九九万三〇〇六円となる。

(ロ)  邦子の損害

1  治療費

原告邦子が昭和五三年六月一六日から同年一〇月三一日まで一三六日間の治療費として合計七一万五〇六〇円を要したことは前記甲第五号証により認められるところ、前記三に検討したように七月末日までの分のみ相当因果関係の範囲内と認められるので、日割計算をすれば二四万一八二二円となる。

2  家事手伝いの費用

原告邦子の入院した七〇日間に育児等の世話のため訴外中島シノを雇い日当三〇〇〇円、合計二一万円を支払つたことが原告邦子本人の供述により認められ、これに反する証拠はない。

3  慰藉料

前記認定の治療期間、後遺症の程度その他諸般の事情を斟酌して、原告邦子が本件事故によつて蒙つた精神的損害を慰藉すべき額として金一一七万円を相当と認める。

4  以上の合計は一六二万一八二二円となる。

五  損益相殺

(一)  原告義郎が本訴請求の填補分として被告から昭和五三年二月二三日に三〇万円、四月四日に一五万円、五月二六日三五万円、七月一〇日に三五万円、合計一一五万円を受領したこと(請求原因(五)(イ))は同原告の自認するところであり、右四月四日にさらに三〇万円を保険より受領したこと(抗弁(一))は当事者間に争いがない。

(二)  原告両名が後遺症に対する保険金として各五六万円を受領したこと(請求原因(五)(ロ))は原告らの自認するところである。

(三)  原告義郎が被告より合計金二九万三八三八円を受領したことは当事者間に争いなく、内金一五万一三六八円が本件請求の填補分であつたことも当事者間に争いないが、残額が同様のものであつたことを認めるに足る証拠はない。

(四)  従つて原告義郎については(一)(二)(三)の合計二一六万一三六八円を、原告邦子については(二)の五六万円を各々四の損害額から控除すべきことになり、その結果は原告に義郎について一八三万一六三八円、同邦子について一〇六万一八二二円となる。

六  弁護士費用

弁護士費用としては、原告義郎について二〇万円、同邦子について一二万円が相当と認められる。

七  結論

五(四)の金額に六の金額を加算すれば原告義郎について二〇三万一六三八円、同邦子について一一八万一八二二円となり、被告は各原告に右金額とこれに対する本件事故の翌日である昭和五三年一月二二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、原告らの請求を右の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 平湯真人)

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